Service Design Updates

IFIT(国際IT財団 )主催のシリコンバレーツアーでサービスデザインの最前線を視察してきた。今回は、IFITの斎藤奈保さんにお声がけいただき、アドバイザーとして参画させていただいた。主な調査目的は、「いかにデザイン思考を企業で活用しているか?きっかけは?課題は?どのように解決したか?現在までのトランスフォーメーションは?未来は?」。以下の訪問先は以下の通り:
【大学・研究機関】 スタンフォード大学 d.school、IBMアルマデン研究所
【企業】 GEデジタル/デザインセンター、SAPシリコンバレー、インスタカート(e コマース)、Pivotal(プラットフォーム and ソリューション)
【インキュベーション・VC】 プラグアンドプレイ・テックセンター(ヘルスケア&ウェルネス部門)フェノックス・ベンチャーキャピタル

概要

サービスデザイン

サービスデザインとは、「人間中心の視点からサービスシステムを創ること」
そのためには、人間中心のメソドロジーとしてデザイン思考の導入が基礎となる。また、サービスシステムとは、「カスタマージャーニーマップとブループリントを統合したもの、さらには、ビジネスモデルやエコシステムの創造」を含む。よって、サービスデザインの導入の目的によって、企業のトランスフォーメーションの範囲も異なる。

サービスデザイン導入の目的


組織変容モデル

代表的な組織モデルを以下に示す。SAPのイノベーションセンター、GE Digital等は分離型の新規事業組織を構成、その他、各事業部横断、事業部内にデザイン組織を持つ形態が存在する。


サービスデザイン導入による企業のトランスフォーメーション

サービスデザインを導入することによって企業がどのようにトランスフォーメーションをしているのか調査を行った。以下では、戦略・組織レベルの変容と、社員・行動レベルの変容について述べる。
  • 戦略・組織変容
    • トップのコミットメント
    • マネジメントシステム(採用、評価、キャリアパス等)
  • 行動変容
    • 技術開発から使用価値起点の問題発見・解決
    • 顧客ニーズと企業技術の融合

戦略・組織レベルの変容

トップのコミットメント

以下は、今回訪問した企業のデザイン思考の取り組み状況の概要である。これらの先進企業では、トップのリーダーシップによるデザイン思考・デザイン組織の導入が行われ、デザイン担当役員の設置やデザイナーを含む専門家によってプロジェクトが実施されている。

マネジメントシステム

SAPを例にとってみると、人材採用では、ダイバーシティが基本(日本では、2/3女性、海外の採用が半分以上)、評価指標はtryした数(新規事業)であり、失敗から学ぶことを評価する。IBMでは、デザイン思考を使った多様なステークホルダーとの共創の場合にはQuick Win等、通常の事業とは異なる評価指標を設定している。

行動変容

技術開発から使用価値起点の問題発見・解決

デザイン思考を活用して、人間中心の問題発見・解決を実施する。つまり、物を作って顧客に売るという物中心の思考から、顧客が本来求めていることに立ち返り、顧客とともにサービスシステムを共創するサービス・ドミナント・ロジックへ移行している。

顧客ニーズと企業技術の融合

顧客に寄り添い共感することは重要だが、顧客のいいなりになるということではない。顧客にとっても、本来すべきことを追求することで、現在のやり方よりももっと斬新な方法で現在の状況を革新できるかもしれない。顧客も企業も少し高い視座、広い視野で問題発見し、技術を融合することによって問題を解決しイノベーションの創出を目指す。


デザイン思考の誕生

d.school

d.schoolについては、すでに多くの紹介がある。今回は、早稲田の未来創造デザインでも活用しているInnovation Foresightを提供しているBillさん達を訪問した。実際に、参加メンバーの企業の一つであるOisixを題材に手法を適応して議論が始まった。12月に日本に来日、フォローアップのワークショップを開催予定である。

SAP(Systemanalyse und Programmentwicklung)  

SAPは、ERP成功後のイノベーションのジレンマ状況をデザイン思考で克服し、シリコンバレーでスタートアップと肩を並べるまでに成長を続けているドイツ企業。創業は、1972年。David Kelleyと共にd.schoolの創始者でもあるHasso Plattnerら創業者は、IBMからのドロップアウト。ミドルウェアを中心に、企業の武器商人を戦略として展開するIBMにとって、彼らが目指すアプリケーションレイヤーは、戦略外領域。推し進めると、反対にIBMプラットフォーム上のアプリケーションを開発する企業とコンペティターになり、エコシステムを破壊する恐れがある。彼らは、進めていたプロジェクトの停止命令の後、外部で起業することを選択。その後、ERP(Enterprise resource planning)企業として成功した。近年、Salesforceなどクラウド化が進む中、SAPはどうしているのだろうか、d.schoolの共同創始者がSAPの創業者とは知っていたが、どのような経緯だったのか、不思議だった。が、今回の訪問を通して、SAPがどのようにトランスフォーメーションしてきたのか、一気に理解が進んだ。
2000年以降、一気に進むデジタルエコノミーの到来に危機感を持つPlattnerが、機内でDavid Kelleyがビジネス紙に書いたデザイン思考についての記事を読み、「これだ!」と思いたった。到着後、Davidに電話し、共にデザイン思考の学校(スタンフォード大学内に設置された d.school)を作ることを提案。IDEOは、その当時すでにデザインコンサルティングの企業として成功していた。Plattnerは、それをもっとスケールさせ世の中の企業・社会をデザイン思考でよくするためには、自社を含めてデザイン思考の教育が大切だと説得。$35Mを寄付し、2004年にd.schoolを設立した。その後、デザイン思考を社内で浸透させ、2010年10Bから2015年€20Bとビジネスを拡大、hanaを中心とした新規ビジネス開発に成功した。この成功の秘訣を小松原さんはPeople, Place, Processだという。以下、それについて紹介しよう。

People

Peopleとは、異質なものと交わること、つまりダイバーシティの活用だ。年齢・性別・文化・地域・役割など異なる人といかに共創できるかが鍵だ。もともと、ドイツ企業であったSAPにはヨーロッパの各国の文化や人材と協業するベースはあった。また、Plattnerは、SAPを起業した当時、顧客の現場で彼らの活動を観察しプロセスを理解し製品化することを体験していた。そのため、David Kelleyの記事を読んだ時に、この危機を乗り越えるためには、創業当時の顧客との協業の原点に戻ることが大事なのではないか、と思い当たったわけだ。その思いを全社に浸透し加速するためのツールが、デザイン思考だった。
さらに、人材採用においてもダイバーシティが基本となっている。日本での採用は、1日かけてSales bootcampというケースに基づくグループによる提案活動だという。その結果、日本においても2/3が女性、海外の採用が半分以上を占める。多様性のある社員や顧客に、デザイン思考が浸透し、共通言語・共通フレームワークとなり、顧客と共創することによってより良い成果を作り出すポジティブループを作り出していく。これらデザイン思考の教育やツールは、 SAP Scenesとして公開している。

Place

城下町から離れて、新しいやり方・風土を作る。1972年にドイツのWalldorfが最初の事業所として開設された。その後、ITマーケットの開発・人材獲得のために、1993年にPalo Altoに設置。 現在シリコンバレーには、4000人の社員がおり、社員の規模でGoogleをトップに10位以内に位置する。Palo AltoのTopはCDO(Chief Design Officer)のSam Yen。新規事業はここで作り、その後その他の事業所に展開する。新規事業開発のためには、場所・人材・評価を別にするという経営学の知見の活用事例だ。SAPでは、新規事業開発においてtryした数が評価指標になっている。失敗からは学べることができるし、評価もされる。もっとも避けるべきことは、機会を逃すことだという。
実際に、現在の新規事業の基礎を支えるhanaは、シリコンバレーで学生とのハッカソンから生まれた。Plattnerが実施している授業で、「ERPを破壊するビジネスを考えよ」というテーマでアイデア・ハッカソンを実施し、ERPプロダクトではなく、顧客が求めているのは、「データに基づいてリアルタイムに意思決定ができるプラットフォーム」ではないかと、学生たちが提案した。韓国の学生が中心に活躍し、そのプラットフォームはhana(韓国語で一つという意味)という名前になったという。Plattnerはそれを戦略会議で提案させたという。
Stanfordの近くには、bluebottleと組みhanahaus(一つの(韓国語)+家(ドイツ語))というコラボレーションスペースを提供している。異質が出会うチャンスを加速させている。


Process

デザイン思考のコンセプト、導入の背景を理解したら、それが共通言語・フレームワークとして活用できるようになってくる。しかしながら、実際には全社員に浸透し、使用可能な状態になる、デザイン思考が専門家だけではなくみんなにスケールするためには時間がかかった。
2004年にd.school設立の後、2005年には、ドイツにある戦略部門に35人、IDEOから社員を雇い、戦略作りに取り掛かった。次に研究開発に導入、2007年にはhanaプロジェクトに着手。導入から7−8年かけ、いくつかの成功事例が社内にできた2012年に、事業部での展開に取りかかる。最大の抵抗勢力は、短期視点でビジネスを考えがちな営業部隊だったという。彼らの中にも、成功事例を聞いたり、研修で実際に体験してみたりしている内に、デザイン思考が楽しくなっていく人が現れた。このようにして、SAPはデザイン思考を企業文化として定着させることに成功した。

問題解決から問題発見へ

デザイン思考の価値は何か?それは、顧客の問題を解決するだけではなく、「顧客の本質的な問題を見つけてそれを解決する」ということ。SAPでは、問題を発見して問題設定から顧客と共に行うことが、デザイン思考の根幹であると理解する。そのためには、自社のコア技術を理解し、顧客を理解するデザイナー、インダストリービジネス担当、形にしていくエンジニアからなるチームで問題発見・解決をする。その時、プロジェクトをリードするのはデザイナーだ。その結果、今までなかった新しいサービスシステムで、ビジネスの成果もでるイノベーションが生まれる。つまり、デザイン思考は、「チームでイノベーションを生み出すためのフレームワーク」だということだ。このフレームワークを活用すれば、中小企業でも大手企業でもだれでもイノベーションを生み出せる可能性があり、現在多くの企業から注目されている。

デザイン思考の適応

GE Digital

2015年にGE Digitalを設立、Cisco SystemsからきたBill Ruhがリードする。現在自社のデータ統合のために開発したシステムを、Predixとして産業用フレームワークとして公開し、それをベースにしたソフトウェア会社へと変容している。実際に、顧客向けソリューション開発も行い、産業向けソフトウェア会社になるということだ。以下では、デザイン思考の活用を中心に示す。
もともとデザイン思考プロジェクトは、顧客とのインターフェース、ファンドやビジネス決定の責任を持つビジネスアナリスト、デザイナー、Predixアーキテクト・エンジニアが主なメンバーで実施される。最近、ビジネスアナリストではなく、プロダクトマネジャーという名称に変更した。それは、クライアントの要求のみを注視するのではなく、Predixを基幹技術とするソリューション開発によって問題解決をすることへの方向転換を意図している。
Predixは、オープンイノベーションで開発を進めている。クラウド化の際には、パートナーとなっているPivotalのプラットフォームを活用した。Predixのサービスは、micro service(API)として、再利用可能になっている。それらを使って、顧客に適したソリューションを開発している。

IBM Research

懐かしいIBMのAlmaden Researchを訪問した。IBMにおいてのデザイン思考については、こちらを参照。その他、SyNAPSEを始め最新の研究について聞いた。

IBMセッションの様子、庭でのランチ

Pivotal Lab

クラウド製品を提供しているPivotalに対して、Pivotal Labは、顧客とPivotalのプロダクトマネージャ、デザイナー、エンジニアからなるチームによって、高速にMVP(Minimum viable product)を作るコンサルティングと開発支援を提供。問題設定が十分でない場合には、Discovery and Framingというプログラムを提供する。まさに、ソフトウェアエンジニアリングを核に、サービスデザインを提供する会社だ。SFオフィスには、約20人のマネージャ、16人のデザイナー、60名のエンジニアがいる。
面白いのは、プロジェクト内では顧客とPivotal社員は対等であるということだ。プロジェクト中は、顧客はPivotalオフィスに常駐、オフィス内の人たちは、顧客か、Pivotal社員か見分けはつかない。Pivotalの風土で仕事をすることによって、顧客の固有の風土では成しえなかった高速イテレーションによるMVP開発を可能にする。プロジェクトの終了時には、顧客はPivotalの風土を理解し、企業に持ち帰る。顧客は、常駐するメンバーを変更することも可能。それによって、学習効果を最大化して、プロジェクト終了後のスムースな移行を可能にする。
朝は、9:05までオフィスで朝食が提供される。これは、ペア、チームで活動するために重要だ。仕事の開始時間が同じになり、結果として生産性が上がるという利点がある。また、9:05からは、全員参加の朝礼、新人の紹介、何か面白いこと、イベントの紹介、何か助けてほしいことの共有を5分間で実施、拍手で終了。その後、チームごとにプランニングなどのために散らばる。通常MVPは3−6ヶ月、Discovery and Framingは4-6weeks程度。主な意思決定は、プロダクトマネージャが行う。

Discovery and Framingの作業場、オフィスの様子

オフィスを入ると大きなキッチンとピンポンのゲーム台

Instacart

Instacartは、ここ10年はまだ起きないだろうと言われていた生鮮食料品宅配サービスで、2012年にサービスを開始したスタートアップ。2014年に大手VCから約260億円の投資を受けて急成長している。ホールフーズ、ターゲットをはじめアメリカの大手スーパー3社ともパートナーシップを組み、ショッパーと呼ばれるお店で商品をピックアップする人、商品を顧客に届けるドライバーによってデリバリーするまでのロジスティクスをITでマッチンング。オンラインで効率的に管理するシステムを基礎に顧客向け、ショッパー・ドライバー向けのアプリケーションを提供している。
ペルソナ、カスタマージャーニーといったサービスデザインの手法を活用して顧客の問題解決を目指している。ビジネスでは、生鮮食料品店との連携や、CPG(Consumer packaged good)ブランドのクーポン券を提供するなど、エコシステムが広がってきている。
設立の発端は、男性創業者の3人が、小売店で売っているユニークな商品の写真を撮り、Web サイトを開発。商品を顧客にデリバリーすることを始めた。最初は、友人知人の買い物代行業。口コミで顧客が増加、人々の空き時間利用をしてショッパー・ドライバー機能を提供、小売店とのパートナーシップ等、小売代行のプラットフォームとなった。現在までに25都市でサービスを展開している。訪問したSFオフィスには、340人のエンジニアやビジネス開発者がいる。今後店舗数を2倍に増やす計画だ。
サービスの中心は、1時間以内に商品をデリバーすること。もし、希望の商品が店舗になかった場合には、代わりの商品を顧客とやりとりして決めるというきめ細かいサービスを提供している。顧客は、アプリで商品をオーダー、Instacartのシステムが、登録ショッパー・ドライバーにオーダーをアサイン。ショッパーは、ショッパー・ドライバー専用のアプリに表示されたオーダーにより、店舗で商品をピック、商品棚に保管。ドライバーが配達をする。
提携しているパートナーの商品の値段は、アプリ上でも、店舗でも同じ。店舗でのタイムセールなどにも対応している。最近は、CPGとの連携も強化。CPGにとって、顧客からのデータを直接得るためのチャネルと位置付けられる。
企業のミッションは、
  • Solve for the Customer
  • This is your baby
  • Every minute counts
  • Of course, but maybe
  • Go far, together
説明してくれた3人のデザイナーと、メモを取っていた入ったばかりのデザイナーは、いままでのアグレッシブなアメリカ企業の人たちとは全く異なるミレニアル世代。世の中のために仕事を楽しんでいる様子が印象的だった。

ホールフーズ内のInstacart、冷凍食品も扱っている
ショッパーが商品をピック、商品の保管棚

Instacartの企業ミッション、企業内の仮装店舗

想定ペルソナ、ブループリント

デザイナーの仕事場所、これからの拡張用スペース