サービス科学:サービス・イノベーションにより築く未来


はじめに

(以下は、DBJ 競争力強化に関する研究会 http://www.dbj.jp/ja/topics/dbj_news/2013/files/0000013244_file1.pdfからの抜粋です)
 「経済のサービス化」という社会の構造変化が進んでいる。情報化社会の進展による産業の大規模化・高度化・グローバル化の中、増大する情報を活用した新サービスの実現など知識中心の時代が到来した。イノベーション基盤のトランスフォーメーションが進行中であり、先進国および開発途上国において、新しいイノベーション人財の育成が急務となった。
 それに対して、200412月にアメリカ競争力評議会がブッシュ政権に提出した報告書イノベート・アメリカ(通称パルミサーノ・レポート)では、サービス経済化に起因する課題を解決するために、分野融合による「サービス科学」創出の必要性が提言された。サービス化に伴う産業の変換のみではなく、イノベーションを支える知識基盤の構築と人財の育成を目的とする。2006年には、サービス科学は、企業・大学・政府と共に、複雑なサービス・システムの根底にあるロジックを見出し、サービス・イノベーションのための共通言語とフレームワークを構築する活動と形づけられ、SSMED(Service Science, Management, Engineering and Design)、通称「サービス科学」と呼ばれるグローバル・イニシアティブとなった(Chesbrough and Spohrer 2006, Ifm and IBM 2007)。今まで社会科学、サービス・マーケティング、サービス・マネジメントが中心となり進めてきたサービス研究領域に理工学研究者が加わり、分野融合によるサービス科学の構築活動が始まった (Ifm and IBM 2007)
 日本では、20063月に第3期科学技術基本計画によって新興・融合領域への対応が計画された。第4期科学技術基本計画では、さらに分野別から課題対応型の科学技術イノベーションへ重点が移った。20067月の経済産業省による経済成長戦略大綱においてサービス産業の革新について言及され、日本においても以下に代表されるサービス科学の創出に対する動きが始まった。

l   20075月 サービス産業生産性協議会(SPRING)設立
l   20084月 サービス工学研究センター(産総研)設立
l   20074月 サービス・イノベーション人材育成推進プログラム発足(文部科学省)
l   20104月 問題解決型サービス科学研究開発プログラム開始((独)科学技術振興機構)

 サービス科学による分野融合の研究開発の取り組みは、イノベーション創出・課題対応型の先駆的役割を持つ。学問が体系化されるまで通常4050年と考えると、サービス科学の取り組みは始まって10年、1つの学問大系として構築されるまでまだまだ時間がかかる。以下では、サービスとは何か、サービス科学とは何かについて紹介する。

サービスとは何か?

 製造業のサービス化に伴い、従来の産業分類の枠組みでは捉えられない製品開発とサービス提供を融合させた企業が出現してきた。近年、サービスの本質を「価値共創」と捉えるS-Dロジック (Service-Dominant Logic)が提示され、全ての産業に対する重要概念として議論が進められている。以下では、サービスの定義を振り返る。
 サービスという言葉は、日常生活の中で頻繁に使用され十分に理解をされているように思われるが、その概念は曖昧である。それはサービスという言葉が、人間の活動や特定の産業(サービス業)を表すこともあり、幅広く使われていることが一つの原因であろう。岩波書店『広辞苑』(第六版、20081月)では、「サービス(Service)」は、次のように定義されている。

「①奉仕。②給仕。接待。③商店で値引きをしたり、客の便宜をはかったりすること。④物質的生産過程以外で機能する労働。用役。用務。⑤(競技用語)⇨サーブ。[サービス業] 日本標準産業分類の大分類の一。」

 経済学では上の定義にみられるようにサービスを労働の一つの種類と捉えてきた。しかしながら、1819世紀の経済学ではサービスを必ずしも生産的な活動とは捉えていなかった。Smithは『国富論』(Smith 1776)において、労働を富の源泉とし労働価値説の基礎を築いた。彼の理論は労働に価値の源泉と尺度を求めることによって成り立っている。Smithによると、「“価値”という言葉は二通りの異なった意味をもっている。ある時は特定のものの実用性を表現し、またある時はそのものの所有権が譲渡されることによって生ずる購買力を示す。」Smithはそれぞれの価値を「使用価値(value in use)」、「交換価値(value in exchange)」と呼んだ。また、Smithは労働を生産的労働と非生産的労働の2種類にわけ、労働を投じたものの価値を増大させない(サービス業的)労働を非生産的労働ととらえた。
 また、サービスは産業分類においても議論されている。山本(1999)によると、Clark1940年の分類では、農業、漁業等の「第一次産業」、鉱工業、建設業等の「第二次産業」、商業、運輸業、非物質的な生産を伴うその他の活動を含む「第三次産業」を規定した。Clark1957年の分類では、第二次産業は製造業、第三次産業はサービス業とし、建設業および公益企業は、サービス業へ分類の変更が行われた。また、Clarkは各産業の分類基準を示しており、第一次産業および第二次産業においては、それぞれ天然資源に関する生産、輸送可能な財(goods)の生産としている。一方、サービス業については、含まれる業種を羅列するにとどまっており共通性を見いだすことは難しい。
 サービス・マーケティングでは、サービス定義を行ってきた。19701990年代には、製造業および農業で対象とする商品(goods)に対して、サービスに特有な課題や特徴を捉えようとした。さらに、1980年代以降、無形性、同時性というようなサービスにおける共通特性による定義が行われてきた。これらの特性はIHIP:無形性 (Intangibility)、異質性 (Heterogeneity)、同時性 (Inseparability)、消滅製 (Perishability) とまとめられた。これに対して2000年以降、IHIPをサービスの特性として扱うことに対する懐疑がLovelockらにより示された。例えば、マッサージ(人の身体に向けられるサービス)は、必ずしも無形性ではない。教育(人の心・精神に向けられるサービス)は、情報技術の発達によりビデオ配信、オンディマンドでの提供が可能になった。このような状況の解決案の一つとして、サービスを物と対比して扱うのではなく、サービスと物を統一的に扱うことが提案された。

1全てを満たすサービスはむしろ例外

(出所:Principles of Service Marketing and Management, C. Lovelock, L. Wright

 「顧客との価値共創」に注目しサービスを再考するサービス・ドミナント・ロジック(S-Dロジック: Service-Dominant Logic, Vargo and Lusch 2004a, 2004b)は、2004年にVargo Luschにより提案された。これは、物かサービスかといった二元論で分離して扱うのではなく、サービス的な論理(S-D ロジック)および物的な論理(G-D ロジック: Goods-Dominant Logic)として、対象とするシステムの見方、捉え方の違いとして物にもサービスにも共通するロジックを確立しようとする取り組みである。 2G-D ロジックとS-D ロジックの対応を示す(Vargo, Maglio and Akaka 2008)。
 
2 価値創造におけるG-D ロジック S-D ロジック の対応
 
G-D ロジック
S-D ロジック
価値のドライバー
交換価値
使用価値
価値の創造者
企業、サプライ・チェーン企業
企業、パートナー、顧客
価値の目的
企業の富の増加
提供するサービスを通じ、サービス・システムとしての適応性、生存性、幸福の増加
企業の役割
価値の生産および流通
価値提案および価値共創
物の役割
アウトプットの単位
知識・スキル等の伝達手段、企業によりもたらされる便益へのアクセス可能手段
顧客の役割
企業により創造された価値の消費
企業により提供された資源を、私的および公的な資源と統合することによる価値共創
 (出所: Vargo, Maglio and Akaka 2008から概略)

 G-D ロジックは、今までの製造業に関連の深い物作りを中心した論理であり、価値は企業において生産され、製品である「交換価値」として流通し、価値創造の場は企業内にあり顧客と分離されている。それに対しS-D ロジックでは、価値の創造者として顧客を含み、企業と顧客の共創によって、顧客の問題を解決し、サービス・システムにおいて顧客の価値創造(「使用価値」)を行うとした。つまり、サービスは顧客との「価値共創」とする。サービス概念を議論してきたサービス・マーケティングにおいて、2000年以後、新しいパラダイムと思われるS-D ロジックに関して議論が活性化している。

サービス科学: サービス・イノベーションのための知識体系

 前節において、サービスを価値共創と定義した。サービスはサービス業のみに関する活動ではなく、農業、製造業を含むどの産業にも存在する。また、もの・ことを分離して考えることはもはや意味をなさない。S-Dロジックでは、サービスを無形のプロダクトとするのではなく、むしろ、物をパッケージ化されたサービス、形のあるサービスと捉える。サービス科学とは、この新しい論理でサービスを捉える産学官による知識創造の取り組みである。そのためには、科学のみではなく、経済・経営学、工学、デザイン、芸術、法学など多様なアプローチが必要である。「サービス科学」はSSMED(Service Science, Management, Engineering and Design)、多くの学問領域に広がるイニシアティブの通称である。
 さて、サービス科学はどのように構成されるのであろうか。この構成には、これから長い時間がかかるだろう。ここでは、Spohrerら(Spohrer and Maglio 2009)がはじめたサービスを生態(サービス・システム)として捉える議論を紹介する。サービス・システムは、人、家族、コミュニティ、企業、国といった組織、情報、技術等からなる。人、企業等、要素間には、経済学等に基づく価値を創出するための価値提供型インタラクションと、法学等に基づくガバナンス型インタラクションがある。そのインタラクションによるアウトカムは、必ずしも両者にとって成功ではない。価値提案は、人、技術、情報、組織といった資源を組み合わせて作成される。その価値提案には、サービスの受容者、提供者、権力者、競争者などの多様なステークホルダーが参加する。参加したステークホルダーは、それぞれにとっての尺度(質、生産性、法令遵守、戦略的・持続性など)で価値測定する。

図 1−サービス科学の重要概念(Spohrer and Maglio 2009を基に変更)

 サービス科学は、サービスを研究し、改善し、創造し、大規模化し、イノベーションするための分野融合的なアプローチである(Spohrer and Maglio 2008)。サービスは、人や企業や国など、サービス・システム要素間の価値共創である。サービス科学とは、すなわち、サービス・イノベーション、サービス・システムの研究であり、それを理解し創造するための知識体系である(Spohrer and Maglio 2008, Sawatani et al. 2013)。サービス科学を構築するためには、これから何十年もかかるだろう。日本において、201210月にサービス学会(http://www.serviceology.org/)が設立された。これによって、研究者だけではなく産学官による議論の場ができ、今後サービス科学が一層進展されることが期待される。



2サービス科学の研究領域(出所:Sawatani et al. 2013を基に変更)

概要

Chesbrough, H., and Spohrer, J., “A Research Manifesto for Services Science”, Communications of the ACM, Vol. 49, No. 7, pp. 35-40, 2006.
IfM and IBM, “Succeeding through Service Innovation: A Service Perspective for Education, Research, Business and Government”, Cambridge, United Kingdom: University of Cambridge Institute for Manufacturing, 2007.
Lovelock, C., and Gummesson, E., “Whither Services Marketing? In Search of a New Paradigm and Fresh Perspectives”, Journal of Service Research, Vol. 7, No. 1, pp. 20-41, 2004.
Sawatani, Y., Arai, T., and Murakami, T., Creating Knowledge Structure for Service Science, PICMET, 2013.
Smith, A., An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations, 1776. (水田 洋、 杉山 忠平訳、 『国富論』、 岩波文庫、 2000)
Spohrer, J., and Maglio, P., “The emergence of service science: Toward systematic service innovations to accelerate co-creation of value”, Production and Operations Management, Vol. 17, No. 3, pp. 238–246, 2008.
Spohrer, J. and Maglio, P. P., Service Science: Toward a Smarter Planet. In Service Engineering, ed. Karwowski & Salvendy. Wiley. New York, NY, 2009.
Vargo, Stephen L., and Lusch, Robert F., “The Four Service Marketing Myths: Remnants of a Goods-Based, Manufacturing Model”, Journal of Service Research, Vol. 6, No. 4, pp. 324-335, 2004a.
Vargo, Stephen L., and Lusch, Robert F., “Evolving to a New Dominant Logic for Marketing”, Journal of Marketing, Vol. 68, No. 1, pp. 1-17, 2004b.
Vargo, Stephen L., Lusch, Robert F., and Akaka, M.A., “Advancing Service Science with Service-Dominant Logic”, In P. P. Maglio, Cheryl A. Kieliszewski, and James C. Spohrer (Eds.), Handbook of Service Science, pp. 134-156, 2010.
Vargo, Stephen L., Maglio, Paul P., and Akaka, M. A., “On value and value co-creation: A service systems and service logic perspective”, European Management Journal, Vol. 26, pp. 145-152, 2008.
山本昭二、『サービス・クォリティ』、 千倉書房、 1999.